舞根に暮らす人々

気仙沼市唐桑町舞根地区復興サイト(高台移転)

舞根の集落は高台にあった数軒の家以外,全て流されました.被害は52軒中44軒におよびましたが,舞根地区は三陸被災地の中でもいち早く高台移転を決意しました.再び海を見ながら暮らしたいという思い,みんな家族のように仲良しで離ればなれになりたくないという思いが強かったのです.津波は家財道具の一切を流してしまいましたが,人々の気持ちまでは流せませんでした.
現在,地区代表の畠山孝則氏を中心として,定期的な会合を持ちつつ,気仙沼市役所に対して高台移転を強く申し入れています.これが成功すれば,三陸復興のモデルケースとなることでしょう.
*サイトは畠山孝則氏と支援者が運営しています.
http://karakuwa-moune.net/

 

水山養殖場

気仙沼は牡蠣養殖の盛んな土地です.畠山家は重篤の父の代から牡蠣の養殖業をはじめ,重篤が2代目,その息子が3代目,孫が後を継げば4代目となります.
牡蠣の生育場所は日本であれ,アメリカであれ,フランスであれ,河口近くときまっています.川は森や里から栄養分や鉄分を運び,その豊富な栄養分を餌にしてプランクトンが繁殖し,プランクトンを餌にして牡蠣が育ちます.牡蠣を養殖するには豊かな森が必要で,森・里・海がコンパクトにまとまっている三陸リアスは牡蠣生産にとって最適な場所なのです.
*サイトは畠山耕が運営しています.
http://mizuyama-oyster-farm.com/

 

牡蠣の森を慕う会

気仙沼の牡蠣養殖は1960年代半ばから危機的な状況に陥りました.汚染された海に赤潮が頻発し,牡蠣の商品価値が無くなってしまったのです.そこで,畠山重篤は気仙沼湾一帯に豊かな海を取り戻すことを決意し,森の栄養分を川から海に届けるために1989年に「牡蠣の森を慕う会」を立ち上げ,家業の傍ら「森は海の恋人植林祭」を続けてきました.
通称「牡蠣森」と言われるこの会は,現在では畠山重篤の連絡係としての機能を持ち,また水山養殖場の復興オーナー・復興ボランティアを企画運営しています.
*本サイトは水山養殖場と同じであり,畠山耕が運営しています。
http://mizuyama-oyster-farm.com/

 

NPO法人森は海の恋人

森は海の恋人植樹祭は年々,規模が大きくなり,最近では全国から1000人近く参加者が集まるようになりました.また,子供達を対象にして,牡蠣養殖場で海と森のつながりについての環境教育を行っており,その数は毎年400~500人にもなっています.
このような規模の拡大に対応するため,2009年に「NPO法人森は海の恋人」を立ち上げ,「牡蠣森」から植樹祭と環境教育に関する事業を引き継ぎました.
*サイトはNPO法人森は海の恋人が運営しています.事務局は畠山信(NPO副理事長)と数名のスタッフです.
http://www.mori-umi.org/

 

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